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評釈をありがとうございました。

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 5月 3日(水)12時12分5秒
編集済
  ゆかりさんは。本当に、よく読み込んでおられるのですね。的確な解釈に感服します。
私にかかわるところ、をひとつ考えました。


《和唱達谷先生五句》は、加藤楸邨の句をそのまま1行に組み込んで,短詩を作り、五聯で一篇とするものです。桑原武夫に迎合するわけではありませんが、字数や行数がおおいことは、圧倒的に有利だと思いました。原句が一句独立であっても、前後の展開の仕方によって立派に一篇のなかの1行の役割をはたしています。

そこには、私の引用のみならず、我々の追悼歌仙で使われた言葉がほとんど詰まっています。大岡詩の引用が主なヒントでほとんどがその着想を借りて進んでいるので当たり前かもしれませんが、「青。自然。挨拶」、別の詩二,三を入れると「上海、蟹、海鳥、」、全部出てきており・・今更ながら、歌仙(連句)における言葉の「独創性」という考え方が、無意味とまではいわないにしろ影を薄くしてきます。我々の個々の表現の言葉のひとつひとつは、まさしく「共有」というべき一致に向かう 「one of them」であることを、思いました。


大岡は、「現代詩手帖」(昭和61年11月号)の連載インタビューに答えてこう言っています。

また、取り違えていたので訂正しました。
(昭和38年、国鉄東局特別扱承認第1657号。昭和33年6月10日第三種郵便物認可。昭和61年11月1日発行。第29巻第11号、


「楸邨さんの俳句をそのまま延長させたんじゃなくて、それに対する僕自身の解釈・批評というもの、それをも詩にしているという点が、僕のその試みの中心的な支えだったのね。/創作と批評を同時に一篇の詩の中で実現してしまうというやり方をこころみたわけ。」

(楸邨の句の賛美というこtで始まったのだが、出来上がってみると、その句そのものも別の時空へひきずりこもうということだから、)
「楸邨の俳句の面白さを、現代詩のおもしろさとして、別の形で表現したいということだったから、(自分からすれば)全体として他者の呼び込みであり、他者に呼ばれて自分もどっかに行っちゃおうということでもあったわけです。これは要するに連句の付け合いと根本的には等しいものであったわけです。」
   「現代詩手帖」(昭和38年11月号)《あらゆる詩歌が場を得ている言語の共和国へ》


このように、詩の言葉以外の批評文のフレーズにも、紹介したいところは沢山ありますけれど、要は、どのようにしたら、世界全体を表現できるのか?という理想にとりつかれていた詩人なのかもしれません。

大岡のこの詩篇は、加藤楸邨の一句が放つ象徴性の凄さというところに帰ってくるように受け止めたのですが、同時に、一句が全体の中で目立たなくなる、ということも象徴機能のひとつであることも、考えさせられました。
俳句とは何?連句とは何?詩とは何?批評とは何?

断片的に紹介しているこの長いインタビュウ【トピカから始まる⑩】は、連載10回目でしたがこの回で終わりです。どこかの単行本になっていますか?あるいは全集のどこかに。ご存知であれば、教えてください。

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覆へるともの巻 評釈4

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 5月 2日(火)05時15分29秒
  ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河

 『悲歌と祝祷』には加藤楸邨の句を五句、そのまま詩に組み込む試みが行われている。楸邨の句につけられた傍丸は、ネット上では再現できないので行の終わりに一字おいて○とする。

和唱達谷先生五句

暗に湧き木の芽に終る怒濤光 ○
鳥は季節風の腕木を踏み渡り
ものいはぬ瞳は海をくぐつて近づく
それは水晶の腰を緊めにゆく一片の詩
人の思ひに湧いて光の爆発に終る青

 *

つひに自然の解説者には
堕ちなかつた誇りもて
自然に挨拶しつつある男あり
ふぐり垂れ臀光らしめ夏野打つ ○
受胎といふは 機構か 波か

 *

蟹の視野いつさい氷る青ならむ ○
しかし発生しつづける色の酸素
匂ふ小動物にはつぎつぎに新しい名を与へよ
距離をふくんだ名前を
寒卵の輪でやはらかく緊めて

 *

水音や更けてはたらく月の髪 ○
地下を感じる骨をもち
塩をつかんで台所にたつ
謎の物体が目の奥を歩み去るとき
好(す)キ心の車馬はほのかに溢れる

 *

石を打つ光の消えぬうちに
はてしないものに橋梁をかける
掌(て)から発するほかない旅の
流星に犯されてふくらむ路程
喇嘛僧と隣りて眠るゴビの露 ○

* 達谷先生--達谷山房主 加藤楸邨氏

 銀河の句はこの第二連に拠っている。付け筋としては前句の地理的に対し、本句では時間的な遠方としている。

    アンモナイトの生れて大陸      太

 時間的にさらに遡っている。

   あをいろの点描で描く友のかほ     槐

 まったく転じている。槐によれば大岡の親友でもあった画家サム・フランシスの青をイメージしたという。

    うたげあたたか孤心を生きて     令

 評論集『うたげと孤心』(集英社、1978年)に拠っている。友とのうたげの一方で、孤心を生きるのだという。

   朝といふ朝の窓辺にひらく花      庵

 そんな孤心に対し、これでもかとばかりに花が開き語りかける。「窓辺」は世界との接点である。

    蝶うつろへる折々のうた       こ

 「朝といふ朝」といえば、朝日新聞朝刊に連載された大河的アンソロジー『折々のうた』だろう。ジャンルと時代を超えて「うた」を渉猟した故人のすがたと蝶が重なっている。そしてまた、発句に詠まれた「石のつら」の意味を思う。こうして人類の文化が循環している。
 

覆へるともの巻 評釈3

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 5月 2日(火)03時23分56秒
編集済
  ナオ 春の野に燃やす記憶と現在と      槐

 詩集『記憶と現在』に拠っているわけだが、抑えがたい感情の高まりを感じる。

    新聞社にて訳す英文         令

 そんな学生時代を封印して就職したのだろうか。伝記的な事実としては、大岡信は読売新聞社に就職し外信部に在籍した時期がある。

   バンカラの一高生が辞書を食ふ     庵

 これもまた伝記的な事実として、大岡信は旧制一高を卒業している。その事実と、中学あたりでいまだに語り継がれる「昔の人は辞書の単語を覚えるたびにそのページを食べるくらいの覚悟で勉強していたんだ」というなかば法螺話を組み合わせている。

    おおそれみよと揺れる桟橋      こ

 外国語つながりで、「地名論」(『大岡信詩集』(思潮社、1968年)所収)を引用している。言葉遊びの楽しさに満ちたこの詩は、部分的に紹介しても面白さが伝わらない。

地名論

水道管はうたえよ
御茶の水は流れて
鵠沼に溜り
荻窪に落ち
奥入瀬で輝け
サッポロ
バルパライソ
トンブクトゥーは
耳の中で
雨垂れのように延びつづけよ
奇体にも懐かしい名前をもった
すべての土地の精霊よ
時間の列柱となって
おれを包んでくれ
おお 見知らぬ土地を限りなく
数えあげることは
どうして人をこのように
音楽の房でいっぱいにするのか
燃えあがるカーテンの上で
煙が風に
形をあたえるように
名前は土地に
波動をあたえる
土地の名前はたぶん
光でできている
外国なまりがベニスといえば
しらみの混ったベッドの下で
暗い水が囁くだけだが
おお ヴェネーツィア
故郷を離れた赤毛の娘が
叫べば みよ
広場の石に光が溢れ
風は鳩を受胎する
おお
それみよ
瀬田の唐橋
雪駄のからかさ
東京は
いつも
曇り

   海鳥は下から上にまぶた閉ぢ      り

 前句「桟橋」から導かれている。「少年」(『悲歌と祝祷』所収)に次の一節がある。

さうさ
海鳥に
寝呆けまなこのやつなんか
一羽もゐないぜ


 どうでもいい話だが、調べてみると鳥は人間とまぶたの構造が異なり、下から上に閉じるらしい。大岡の勇気を鼓舞する詩句を俳句の客観写生の方法で捉えなおすと、こんなことになってしまう。

    雪の純白くぐる恍惚         河

 前句「海鳥」から導かれている。ホワイトアウトする眩暈を感じる。

   食卓に置かれ真珠のネックレス     太

 前句「純白」から導かれている。物質感がある。

    汝が泣くときの宝石のこゑ      槐

 岡倉天心とインド人女性との往復書簡集『宝石の声なる人に―プリヤンバダ・デーヴィーと岡倉覚三*愛の手紙』(大岡玲との共訳、平凡社、1997年)に拠る。前句「真珠」と直接的に障る気もするが、こちらは宝石ではなく「こゑ」だと捉え、そのまま頂くことにした。このあたり、初折裏で機会を逸したままの恋の座の呼びかけとなっている。

   重信と苑子に夜の訪問者        令

 大岡信と高柳重信の親交は「船焼き捨てし船長へ 追悼」(『地上楽園の午後』(花神社、1992年)所収)に詳しい。1956年に『短歌研究』誌上で塚本邦雄と「前衛短歌論争」を行い、そのときに塚本の俳壇における盟友と目されていた重信と出会い意気投合したということらしい。この連句の発句とした「祷」が重信の多行俳句をなぞらえた短詩であったことを思い出しておこう。

    浪漫渡世遠く秋立つ         庵

 夜の訪問者は大岡信だけではなく、高柳邸には加藤郁乎、佐佐木幸綱などの大酒飲みが訪れたらしい。そのような古き良き交流を「浪漫渡世」と呼んだものだろう。

   ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ

 大岡信の仕事は世界規模の連詩に及ぶ。アルトマン、パスティオール、谷川俊太郎との共著『ファザーネン通りの縄ばしご--ベルリン連詩』(岩波書店、1989年)を踏まえているが、前句の「遠く」がじつに効いている。

    途絶えがちなる夜寒の電波      り

 月から微弱な指令が人類に送られているイメージ。大岡を離れ『二千一年宇宙の旅』が混信している。
 

覆へるともの巻 評釈2

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 5月 1日(月)22時55分51秒
編集済
  ウ  校庭に朝顔からみつく木馬      媚庵

 前句「孫三たり」から導かれているが、夏休みであろうか。遊具に朝顔がからみついている。

    たがひちがひに灯すランタン   れいこ

 校庭にひと気がない時期、じつはキャンプに行っていたようである。

   森といふ夢の過剰を鎮めをり      り

 森はなんとも怖ろしい。大岡信の「青春」(『記憶と現在』(書肆ユリイカ、1956年)所収)の一節「あてどない夢の過剰が、ひとつの愛から夢を奪った」を引用している。

    窓に記憶を残しさよなら       河

 同じく『記憶と現在』から「二十歳」の一節「すでに整然たる磁場はくずれた。私は沙上をさまよい歩く。私は窓に記憶のノートを撒き散らす。落日。森の長い影が私の内部に伸びている。私は夜に入ってゆく。」を引用して付けている。前句から恋に転じる可能性もあったが、未遂に終わっている。

   山男マッキンリーから帰らざる     太

 前句の「さよなら」を死別と捉え付けている。ところで、大岡信は若くして山男の友人を膵臓癌で喪い、「薤露歌」という詩を残している(『悲歌と祝祷』所収)。一部を紹介する。

浪華の市長の弔電なんか
もらつたつてなんになる
活力と善意のかたまり
陽気な笑ひ スキーの陽やけ
脳髄に中国近代史をつめこんで
それを陳(なら)べてみせるまもなく
きみはすべった 直滑降の非時(ときじく)の坂を

    凍てし月より石を拾はむ       槐

 厳寒の雪山のイメージを受け、一風変わった冬の月の座としている。アポロ計画の時代にも思いを馳せているのだろうか。

   最大の平面の夢受胎すと        令

 クレーターだらけの月面のイメージからの推移だろう。大岡信は『ユリイカ』に連載していた「文学的断章」の記事「ある詩のためのノート」(1972年7月号)で、「木霊と鏡」の推敲過程を公開している。その中の以下の一節から引用している。原詩の命令形に対し、しかと受け止めた体となっている。

地上のものらを地上の色に着色するため降りそそぐ
宇宙の雨のささやき
「受胎せよ 受胎せよ
無言を受胎せよ
最大の平面の夢
最小の運動の脈
どもる会話の泉
謎への信頼
抑揚ある造物主の呼吸(いき)
それらを脳の水盤に
受胎せよ

    今朝のうたこそ生の賜物       庵

 前句の「受胎す」に付けている。明示的ではないが、「今朝のうた」は朝日新聞朝刊に連載されていた『折々のうた』へのオマージュとも考えられる。

   付喪神つれて質屋の旗の下       こ

 生命の謳歌である前句に対し、飄逸にも無生物を質に入れ、しかも付喪神という得体の知れないものまで詠み込んでいる。ここまであまり笑う場面もなく進行してきたが、みごとに雰囲気を変えている。

    泡立つてゐる発語本能        り

 付喪神という得体の知れないものにも言語コミュニケーションが存在することを仮定して付けている。「発語本能の泡立ち」は大岡信の初期の評論『現代詩詩論』の中で以下のように使われている。

(前略)
激しく生きるということはまず第一に、詩人が自らの内部に強烈な発語本能の泡立ちを感じとるということだ。しかし、発語本能というものは、常に何らかの形で外部から触発されて働くものである。だから、すべての前提条件として、まず彼にはげしい抵抗感を感じさせるものがなければならぬ。しかし現実には、われわれの周囲ではそうした抵抗感を持つものが、しだいに一種垂れさがったような印象を与えるものに変わっているようだ。これを沈滞とよぼうと、相対的安定期とよぼうと、または混乱とよぼうと、現実の事実としては社会全体が病んでいるとしか言いようがない。この時詩人が思想的にいかに健康であっても、彼の感性はこの病毒の影響を最も直接的に蒙るであろう。焦ってこれを拒もうとすればするほど、詩は観念的な独白、あるいはヒステリックな叫びに陥る危険に直面せねばならなくなる。つまり、感性の受ける傷は彼の批評精神をそこねるのだ。従って、おのれの詩人としての宿命を頑なに信じて書ける詩人だけが、たしかな骨組みを持った詩、つまり詩としての普遍性をそなえた詩を書きうるという、真実だが、今日では些か皮肉な現象が起こってくるのだ。今日詩を書くということは実に難しいことである。
(後略)

   掃除機に吸ひ込まれゆく花の闇     河

 『ぬばたまの夜、天の掃除機せまつてくる』(岩波書店、1987年)に拠っている。吸い込まれるのは「発語本能の泡立ち」なのか「花の闇」なのか。いかんともし難いハイパワーが迫る。

    いそぎんちやくのひと日は過ぎぬ   太

 そんなことはなかったかのように、磯巾着の平和な生態が描かれる。なかなかな転じである。
 

覆へるともの巻 評釈1

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 5月 1日(月)14時52分19秒
編集済
   4月5日に亡くなった大岡信氏を偲び、脇起こしで連句を巻いた。今回はいつもの連衆に加え、特に歌人の田中槐さんと柳人のなかはられいこさんに参加して頂いた。以下、評釈を記すにあたり、本連句の句そのものはゴシック、評文中の大岡作品の引用は青字、その他の引用は緑字とし、また敬称略とする。

    脇起し追悼七吟歌仙 覆へるともの巻

   覆へるとも花にうるほへ石のつら  大岡信


 発句は『悲歌と祝祷』(1976年、青土社)巻頭、「祷」という題の行分け詩。

  祷

覆へるとも
花にうるほへ

石のつら


 その原型は丸谷才一、大岡信、安東次男による『だらだら坂の巻』名残裏花の座「くつがへり花にうるほふ石の面(つら)」とのこと。谷川俊太郎と大岡信の対談『批評の生理』(1978年、思潮社)に谷川による名鑑賞がある。長くなるが引用する。

この詩から僕は、はじめはなんとなく道端でひっくり返っているお地蔵さんというイメージを持って、「石のつら」の「つら」は顔のことだから、お地蔵さんが顔をうつ伏せにして倒れているのかなと思った。だけど考えてみると「つら」は「おもて」とは違う。顔でも頬から顎にかけての横の面の表現だ。これはやはり横ざまに、たぶん丈の低い野草の中に倒れているのではないか、というふうにイメージが変った。
そうして考えてみると、今度はこれは別にお地蔵さんでなくてもいいのじゃないか。「石のつら」というのを人間の顔に重ね合せて考えなくてもいいわけで、もしかするとうつ伏せに倒れた墓石の横の面であるかもしれない。またそこからさらに連想して、これはいかにも日本的な詩のようでいて、しかしギリシャの遺跡で大理石の柱が原色の花のなかに倒れ伏していると読んだっていいのじゃないか。そのどれが正解というのではなくて、そこまで重層的に読めるという気がしてきた。
とにかくこの一篇の主題は、滅亡したものがそのあとも花という現在によってうるおってください、そういう形で過去というものが現在に蘇り得るのだ、というテーマだろう。そういう「石のつら」がなければ花というものもその存在を明らかにしないのだっていう気持がこめられていると思う。つまりこの詩の「花」は『花伝書』の「花」なんかにつながる現在の象徴で、「石」は過去の象徴だと読めるわけね。だからそこにはまた、過去というものが石のように堅固で確乎として存在するものであるのに対して、現在というのは花のようであり、それは早く萎れたり枯れたりするものだという対照もあると思う。この詩の題が「祷(いのり)」であるということのなかには、大岡が自分自身および自分の生み出す作品が未来においては石であることを願うし、現在においては花でありたいと願う、あなた自身の願望がこめられているのじゃないかという気がする。(後略)

 大岡信追悼歌仙を巻くにあたり、発句としてはこの詩をおいてないのではないかと思われた。行分け詩を一行にしてよいのか、とか、連句の発句として花の座で始まってよいのか、など躊躇すべき点はないわけではないが、まさに花の盛りに亡くなったわけだし、敢えて頂くこととした。

    ひかりをまとふ木々の囀り    ゆかり

 脇は、そのような「石」が対峙する現在として、「ひかり」と「囀り」を供えた。

   上海の地番に春の風抜けて      銀河

 第三は、発句と脇の挨拶から離れる役割がある。大岡の詩「延時(イエンシー)さんの上海 中国」(『旅みやげ にしひがし』(集英社、2002年)所収)を引用して、上海の春に転じた。余談ながら、この詩の題材となった、昭和十年に上海で他界した大岡信の祖父は、かなりミステリアスな人物のようである。

    摩天楼にて蟹を楽しむ       伸太

 引用元にこだわることなく、昨今の上海事情にて付けている。

   踊るひとつぎつぎふえる月あかり    槐

 摩天楼のふもとでは昔ながらの盆踊りが今も続けられていて、月あかりに照らされている。

    孫三たりとのメイル爽やか      令

 前句「つぎつぎふえる」から導かれているが、これは大岡信が2004年宮内庁歌会始の召人として詠んだ「いとけなき日のマドンナの幸(さっ)ちゃんも孫三たりとぞeメイルくる」を引用している。
 

伸太さん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 5月 1日(月)13時06分4秒
   いえいえ、こちらこそ失礼しました。しばらく皆さんの書き込んだエピソードを参考にしながら、「覆へるともの巻」の評釈を連投で書きます。  

(*´∀`*)・・・。伸太さん、楽しい方ですね。

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 4月28日(金)22時42分2秒
  ゆかりさん、まあいいじゃありませんか?今が、閑話休題の時間。私が歌会に出す歌より、よくできていらっしゃいますよ。

伸太さんは、詩歌の世界にお詳しいのですか?短歌をされているのですか?
 

ここなら

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月28日(金)21時58分38秒
   はあ、何を考えていらっしゃるのかよく分かりませんが、自作を開陳されたいのでしたら、ご自分のところで好きなだけやって下さい。  

削除しました

 投稿者:伸太  投稿日:2017年 4月28日(金)21時11分28秒
編集済
  ゆかりさん、失礼しました。

興行が休みの時も、作品の投稿は
不可だとこの度分かりましたので、ご容赦願います。

後、銀河さん、擁護して頂きましてありがとうございます。
別に詩歌は詳しくは有りません。(本当に自分ではそう思ってます。)
悪意は有りませんので、そう、ゆかりさんに
お伝え願えればと思います。

写生で対象物の死角及び属性がまでが分かれば、
常々、千里眼だと思ってましたので、写生主義の
大きな欠点についての意見がお聞きしたかったというのが、偽らざるところでした。
 

令さん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)22時39分23秒
  この巻では、令さんにはずいぶん渋くて面白い側面をご提示頂いた感があります。歌会始の召人とか文学的断章の制作過程添削入りの記事とか重信邸とか…。古い「ユリイカ」の思い出話も楽しかったです。ありがとうございました。


 今回怒濤の勢いで追悼歌仙を巻き上げ、それをくぐり抜けたことによって、連衆ひとりひとりの中で大岡信が再構成され、新たなものとして動き出したんじゃないかと思います。少なくとも私はそうです。あらためまして皆さん、ありがとうございました。
 

銀河さん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)22時27分53秒
  ここ「みしみし」界隈では、銀河さんは実作と並行してもっとも論が立ち、いつも俯瞰するまなざしで生起するもろもろをまとめて頂いていたので、「いままで、大岡信にさほど思い入れがなかった」というのがにわかには信じがたいところもあります。人が作品なり評論なりその著者なりにどう出会うかというのは、紙一重な偶然がいろいろあって、面白いですよね。
 「今ごろから、全詩集など図書館で探して借り出してくるつもりです。」、はい、ぜひぜひ銀河さんのフィルターを通した大岡信観というのをいずれ伺ってみたいです。ありがとうございました。
 

媚庵さん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)22時16分45秒
   いつもご参加ありがとうございます。重信邸に二度伺ったことがあるとのこと、すでに生き証人の領域に達しつつありますね。いずれ、その時代について大いに語って頂きたい気がふつふつとして参りました。紙媒体の『みしみし』を立ち上げようかなあ…。  

伸太さん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)22時03分48秒
   ひとつ前の巻に引き続いてのご参加、ありがとうございました。連句は生き物ですので、別の展開にかなり戸惑われたのではないかとお察しします。「俳句の芸術性を高めるのであれば元鞘の五七五七七の形に収斂して行くのが、自然」かどうかは、実践のなかで身をもって体験してみて下さい。
 またよろしくお願いします。
 

槐さん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)21時56分12秒
   大岡信が亡くなった晩に、卒論が『記憶と現在』だったとツイートしていたのを拝見して、思わず今回声を掛けさせて頂きました。貴重なお話をいろいろ伺え、じつに楽しかったです。実物の大岡さんの思い出のこもった、

  野火に焼く歌と記憶と現在と  槐

を連句の進行上の都合で

  春の野に燃やす記憶と現在と  槐

に一直するのは心苦しくもあったのですが、激情を秘めた原句は独立した一句として別のところでぜひそのまま生かして下さい。ありがとうございました。また遊びに来て下さい。
 

れいこさん

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)21時46分54秒
   挙句の一直、気に入って頂けたようで安心しました。今回の巻では、「地名論」とか「ベルリン連句」とか、おいしいところを随分れいこさんに持って行かれたような…。

    今朝のうたこそ生の賜物       庵
   付喪神つれて質屋の旗の下       こ

 この付け具合も最高に可笑しかったです。ここは、いつもこんな感じで年十巻くらい巻いていますので、いつでもまたご参加下さい。ありがとうございました。
 

祝☆満尾

 投稿者:  投稿日:2017年 4月26日(水)20時01分2秒
編集済
  ゆかり様、皆様ありがとうございました。
今回大岡信を読むよい機会をいただきました。

私は今迄大岡信にはあまり注目した事がありませんでしたが、
今回読んでみて、かなり感動しています。

昔よく詩を読んでいた時期は、天沢退二郎や白石かずこのような
派手な詩人達にばかりに目を奪われていました。

でも、大岡信は詩の雑誌で顔写真はよく見ていた印象があります。
70年前後の時期、座談会なるとどんなテーマでも必ずと言っていい程
大岡信が入っていたように思います。
それと、『言語空間の探検』というアンソロジーの解説を書いていたのが
大岡信だったからか、詩人というよりも解説の人、という風に勝手に思ってました。

今回大岡信を読んでみて、いろいろなことに造詣の深い人なのだなあと思いました。
紀貫之は3年かかって書かれたそうで賞もとったという事ですが、是非読んでみようと思います。
また、今読んでみると、いいなあと思う詩も沢山ありました。

今回の歌仙では、大岡信を直接知ってらっしゃる槐さんのエピソード、面白かったです。
媚庵さんの重信邸に行かれたという話も、すごいですね。

ゆかりさんは、『地上楽園の午後』を買われたということですが、
「船焼き捨てし船長へ 追悼」には、事情が全部書かれてますね。
夜の訪問者という言葉も、「大酒飲みの夜の訪問者となった」と文章の中に
あるので、そのままと言えばそのままなのですが、
ここら辺は恋の座かなと思って、カップルを登場させたのです。

挙句もぴったり決まって、よい追悼歌仙になりましたね。
 

引用可能な詩行・・。

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 4月26日(水)13時05分30秒
   満尾おめでとうございます。捌きのゆかりさん、どうもありがとうございました。
 連中の方々、はじめてのそれも相当詳しい方々、で、緊張しました。そのせいか、変だな郁乎って、こんな上品な本格俳句もかけるのか、と、と思いつつ、加藤郁乎と加藤楸邨を読みまちがえてしまいました。m(_ _)m。

 いままで、大岡信にさほど思い入れがなかったせいか、手元の数少ないアンソロジーや雑誌等、テキストをひっくり返しつつ、ああ。こういう詩人だったのか、と新鮮な気持ちで拝見し、目を開かれました。
 その詩行引用解禁、ということですすんだので、ここから取り出してつけてくれと言わんばかりの 出来上がったすてきな言葉に魅了されました。
 戦後の現代詩の特徴である「喩」もたっぷりでしたが、そこに伝統詩形の引用法も取り込まれて、なにか複合的な詩の書き方でしたね。
 常に観客を意識した言葉の発信をかんがえていられたので、放つ言葉には。私事をいいつつ私性はまつわらず、しかし、本人自身は孤独で自分自身の生の意味をしっかり追っておられたようだ、という読後感でした。

「地名論」などは、全体が語呂合わせやパロディに端を発したたのしい喩のパレードでした。そこから更に、取り出せるものがいっぱい。かくて追悼句らしくその人の志に寄り添って、「大岡信の言語圏」のなかで、しめやかにかつたのしませていただいた思いがします。

 今ごろから、全詩集など図書館で探して借り出してくるつもりです。

 では、皆様、またの機会におめにかかりましょう。ありがとうございました。
 

高柳重信邸

 投稿者:媚庵  投稿日:2017年 4月26日(水)09時12分47秒
  おつかれさまでした。今回はものすごく緊張しまして、私の番に時間をくってしまったりして、ご迷惑おかけしました。改めて読み直して、大岡信への連衆のみなさまの想いがあふれているように思います。

実は代々木上原の高柳重信邸、昭和五十年代の初めに二回ほどうかがったことがあります。俳人の大屋達治さんや澤好摩さんにつれていってもらいました。高柳重信氏はいつも、座机の前に座り、何やら原稿を書いたりしておられましたが、おそらく、「俳句研究」誌の編集だったのだと思います。一回目の時は、俳人の松岡貞子さんが先客として居られ、自分の作品を重信氏に見てもらっていました。夕方になって、三橋敏雄氏がやってこられたのも覚えています。今思えばすごい場面に居たわけですが、若かった私にはそのありがたさがわからず、ただ、緊張して座っているだけでした。二回目は句会の後で、澤さん、攝津幸彦さんたちと、代々木上原に行こうという話になり、タクシーで行きました。その際は、先客に折笠美秋氏がいらっしゃったように思てます。その時も緊張して、ほとんどしゃべれませんでた。本当に「猫に小判」の思い出です。
 

地上楽園の午後

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月26日(水)01時15分48秒
   もう満尾しちゃったけど、令さんのご紹介を読んですぐ日本の古本屋で注文した『地上楽園の午後』が届きました。重信にかかわるすべては、「船焼き捨てし船長へ 追悼」に書かれていたのですね。  

満尾

 投稿者:伸太  投稿日:2017年 4月25日(火)20時54分52秒
  おめでとうございます。
お捌きのゆかりさん、連衆の皆様、お疲れ様でした。
挙句が出て終わったなという達成感があり、ほっとしている
次第です。本当に、スリリングで面白かった。
楽しませて頂きまして、ありがとうございました。

【縦断的な感想】

今回の追悼歌仙の内容に厚みが出たのは、ひとえに、事情通の人しか知りえない様な
大岡信の秘話、エピソードに係わる付句が有ったからではないでしょうか?
詩からの引用による本歌取りみたいな句も有りました。

ただ、あまり周知されていないと思われる、例えば詩の内容を
引用する場合は、要約して端的に結論だけみたいな感じで
但し書きを付けて欲しかったです。

物まね歌合戦で、元歌の歌手の歌を見たことも
聞いた事もなければ、その面白み感受する事が出来ませんからね。

【それぞれの付合について】

技巧的には

   バンカラの一高生が辞書を食ふ  庵

が、僕としてはお見事という付合だった思ってます。
熟達の連衆の技ですね。

サプライズが有ったのは

    重信と苑子に夜の訪問者  令

でした。よくもまあ、こんなエピソードを句にしたのかなという印象です。
詩人が前衛的俳人に、意見をぶつけたかったのは
おそらく、短詩系の評論についてだったんじゃないかと僕自身は憶測してます。

【俳句と連歌について】

僕自身はここの歌仙教室に来てから長句よりも、
むしろ今は、短句の七七をつける方に面白みを感じています。

連歌の発句を独立させて、正岡子規が付句の七七は必要なしという立場を取って
俳句というスタイルを普及させたというのは、歴史的な事実だと思います。
また逆に、普及させるには、この方法しか無かったかもし知れませんが、

 桑原武夫の「俳句は素人と大家の優劣をつけることができない。」

が、今だ持って、アンチテーゼとして残ってます。
結社自体は、優劣を付けられるとして運営に当たっているのかも知れませんが、
優劣句の定義が、出来ていないのでは有りませんか?
個別にしか出来ないと逃げ道が有るにせよ。

単独選でない互選なら、良し悪しもお互い様なので
これは、公平性の観点から理解出来ます。

生涯作句数で見てみると、子規が7万、虚子が10万句らしいです。

例えば、下記の例の様に子規の句に付句をしたら
鑑賞者にしか出来ない鑑賞となりますし、幾らでも
付句は出来ます。その芸術性の高低はどうなるのでしょうか?
何でしたら、七万句全部してみるのも面白いかも知れません。

  柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺  子規
   種を飛ばして二間を越ゆる  太

  いくたびも雪の深さを尋ねけり 子規
   粟稗入りの妹の粥       太

僕自身は、俳句の芸術性を高めるのであれば
元鞘の五七五七七の形に収斂して行くのが、自然の様な気がします。
 

おー

 投稿者:  投稿日:2017年 4月25日(火)02時31分45秒
  あっという間でしたね。
久しぶりの連句でしたが、楽しかったです。
個人的にはれいこさんの「おおそれみよと揺れる桟橋」に震えました。
それにしても、個人的な思い出話ばかりで恐縮でした。
ゆかりさん、お声かけていただきありがとうございました。
参加されたみなさんも、お疲れ様でした。
またの機会を楽しみにしています。

行く春や詩は志であると言ひしひと 槐
 

楽しかったです

 投稿者:れいこ  投稿日:2017年 4月24日(月)22時58分21秒
  ゆかりさん、
そうなんです。「はばたき」良い言葉がなかなか見つかりませんでした。
すっきり整えていただいて感謝です。

それと、連衆のみなさま。
ご一緒できて楽しかったです。
順番が回ってくるたびにどきどきしましたが、
どきどきするのもいいものですね。

良い体験をさせていただいてありがとうございました。
またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。
 

満尾

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月24日(月)20時26分58秒
   れいこさん、ありがとうございます。最後の蝶を頂きたいのですが、「はばたき」だと大型禽獣のようなので、三句目四句目あたりのかそけさを加味してみたいと思います。異論があればお申し付け下さい。多少の差し替えはあるかも知れませんが、これにて満尾とします。

    脇起し追悼七吟歌仙 覆へるともの巻

   覆へるとも花にうるほへ石のつら   大岡信
    ひかりをまとふ木々の囀り    ゆかり
   上海の地番に春の風抜けて      銀河
    摩天楼にて蟹を楽しむ       伸太
   踊るひとつぎつぎふえる月あかり    槐
    孫三たりとのメイル爽やか      令
ウ  校庭に朝顔からみつく木馬      媚庵
    たがひちがひに灯すランタン   れいこ
   森といふ夢の過剰を鎮めをり      り
    窓に記憶を残しさよなら       河
   山男マッキンリーから帰らざる     太
    凍てし月より石を拾はむ       槐
   最大の平面の夢受胎すと        令
    今朝のうたこそ生の賜物       庵
   付喪神つれて質屋の旗の下       こ
    泡立つてゐる発語本能        り
   掃除機に吸ひ込まれゆく花の闇     河
    いそぎんちやくのひと日は過ぎぬ   太
ナオ 春の野に燃やす記憶と現在と      槐
    新聞社にて訳す英文         令
   バンカラの一高生が辞書を食ふ     庵
    おおそれみよと揺れる桟橋      こ
   海鳥は下から上にまぶた閉ぢ      り
    雪の純白くぐる恍惚         河
   食卓に置かれ真珠のネックレス     太
    汝が泣くときの宝石のこゑ      槐
   重信と苑子に夜の訪問者        令
    浪漫渡世遠く秋立つ         庵
   ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ
    途絶えがちなる夜寒の電波      り
ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太
   あをいろの点描で描く友のかほ     槐
    うたげあたたか孤心を生きて     令
   朝といふ朝の窓辺にひらく花      庵
    蝶うつろへる折々のうた       こ

起首:2017年 4月7日(金)
満尾:2017年 4月24日(月)
捌き:ゆかり

 ざっと見て、「夢」が二句あったり「記憶」が二句あったり「うた」が二句あったりするのですが、それぞれ出典や思い入れがあり差し替え不能と考えています。「夢」の過剰、「記憶」の過剰、「うた」の過剰、もしかするとそれが私たちにとっての大岡信という現象だったのかも知れません。

 連衆の皆さん、お疲れ様でした。多少の差し替えの受付とともに、しばしご歓談下さい。こちら初登場の槐さん、れいこさん、お楽しみ頂けましたでしょうか。参加されなかった方のご感想、にぎやかしもお願いします。
 

挙句とは

 投稿者:れいこ  投稿日:2017年 4月24日(月)17時48分31秒
  そんな大役をいただきまして
けっこうオロオロしてます。


あをいろの点描で描く友のかほ     槐
    うたげあたたか孤心を生きて  令
朝といふ朝の窓辺にひらく花     媚庵

いいのかわるいのか、
自分ではまったく判断がつきません。
ゆかりさんにお任せします。
もちろん再考もいたしますので、よろしくお願いします。

初虹わたす折々のうた
風車はまはり折々のうた
ふらここ揺れて折々のうた
かげろふやうな折々のうた
蝶のはばたき折々のうた
 

そうですね

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月24日(月)10時20分54秒
  前句もて止めでオープンなので、体言止めにしてずしんと行きましょう。

朝といふ朝の窓辺にひらく花

で頂きます。れいこさん、挙句をお願いします。
 

覆へるとも

 投稿者:媚庵  投稿日:2017年 4月24日(月)10時10分24秒
      あをいろの点描で描く友のかほ     槐
    うたげあたたか孤心を生きて     令


    花ひらく朝のひかりのまばゆさに    庵
    朝という朝の窓辺に花ひらく

いかがなものでしょうか。最後に来て足踏みしてしまいすみません。お捌きください。
 

ううむ

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月24日(月)00時39分25秒
   媚庵さん、何か窮屈な感じがするので、無理に大岡信に結びつけずに、ど~んとおおらかに行きましょう。

 ところで、前に挙句で「○○○○○○○折々のうた」にしたいと言ったのですが、打越の「うたげ」は「うた」ではないのかと岩波古語辞典を引いたら(手を)打チアゲの約という、というにわかに信じがたいことが書いてありました。なので、れいこさんには申し訳ないけど、ほんとうに「○○○○○○○折々のうた」でお願いしたいと思います。
(初折裏八句目の媚庵さんの句が明示的でないながら「折々のうた」のことを詠んでいることは承知しているのですが、そこをあえて…)

 

覆へるとも

 投稿者:媚庵  投稿日:2017年 4月23日(日)21時52分47秒
  ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太
   あをいろの点描で描く友のかほ     槐
    うたげあたたか孤心を生きて     令

   鎮魂の花の盛りを見に行かん      庵
   花あらば花の随筆綴るべし

苦しいのですが、いかがでありましょうか。「綴る」は打越気味ですかね。
一度提出しますので、お捌きください。
 

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月23日(日)10時22分1秒
   その方がいいです。

   覆へるとも花にうるほへ石のつら   大岡信
    ひかりをまとふ木々の囀り    ゆかり
   上海の地番に春の風抜けて      銀河
    摩天楼にて蟹を楽しむ       伸太
   踊るひとつぎつぎふえる月あかり    槐
    孫三たりとのメイル爽やか      令
ウ  校庭に朝顔からみつく木馬      媚庵
    たがひちがひに灯すランタン   れいこ
   森といふ夢の過剰を鎮めをり      り
    窓に記憶を残しさよなら       河
   山男マッキンリーから帰らざる     太
    凍てし月より石を拾はむ       槐
   最大の平面の夢受胎すと        令
    今朝のうたこそ生の賜物       庵
   付喪神つれて質屋の旗の下       こ
    泡立つてゐる発語本能        り
   掃除機に吸ひ込まれゆく花の闇     河
    いそぎんちやくのひと日は過ぎぬ   太
ナオ 春の野に燃やす記憶と現在と      槐
    新聞社にて訳す英文         令
   バンカラの一高生が辞書を食ふ     庵
    おおそれみよと揺れる桟橋      こ
   海鳥は下から上にまぶた閉ぢ      り
    雪の純白くぐる恍惚         河
   食卓に置かれ真珠のネックレス     太
    汝が泣くときの宝石のこゑ      槐
   重信と苑子に夜の訪問者        令
    浪漫渡世遠く秋立つ         庵
   ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ
    途絶えがちなる夜寒の電波      り
ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太
   あをいろの点描で描く友のかほ     槐
    うたげあたたか孤心を生きて     令

 媚庵さん、花の座をお願いします。
 

バタバタしない感

 投稿者:  投稿日:2017年 4月23日(日)10時08分10秒
編集済
      うたげあたたか孤心を生きて     令

と変えませうか。
大岡信自身は、孤心を生きる、と言う表現をしていますね。
 

覆へるとも

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月23日(日)09時51分7秒
   なるほど、大岡的二元論的タイトル(『記憶と現在』『悲歌と祝祷』…)のひとつである『うたげと孤心』を七七で対句にしたのですね。もうちょっとバタバタしない感じにできそうな気もしますが、ひとまずそのまま頂きます。差し替えがあればご随意にどうぞ。

   覆へるとも花にうるほへ石のつら   大岡信
    ひかりをまとふ木々の囀り    ゆかり
   上海の地番に春の風抜けて      銀河
    摩天楼にて蟹を楽しむ       伸太
   踊るひとつぎつぎふえる月あかり    槐
    孫三たりとのメイル爽やか      令
ウ  校庭に朝顔からみつく木馬      媚庵
    たがひちがひに灯すランタン   れいこ
   森といふ夢の過剰を鎮めをり      り
    窓に記憶を残しさよなら       河
   山男マッキンリーから帰らざる     太
    凍てし月より石を拾はむ       槐
   最大の平面の夢受胎すと        令
    今朝のうたこそ生の賜物       庵
   付喪神つれて質屋の旗の下       こ
    泡立つてゐる発語本能        り
   掃除機に吸ひ込まれゆく花の闇     河
    いそぎんちやくのひと日は過ぎぬ   太
ナオ 春の野に燃やす記憶と現在と      槐
    新聞社にて訳す英文         令
   バンカラの一高生が辞書を食ふ     庵
    おおそれみよと揺れる桟橋      こ
   海鳥は下から上にまぶた閉ぢ      り
    雪の純白くぐる恍惚         河
   食卓に置かれ真珠のネックレス     太
    汝が泣くときの宝石のこゑ      槐
   重信と苑子に夜の訪問者        令
    浪漫渡世遠く秋立つ         庵
   ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ
    途絶えがちなる夜寒の電波      り
ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太
   あをいろの点描で描く友のかほ     槐
    うたげあたたか孤心なほ持ち     令

 媚庵さん、花の座をお願いします。
 

覆へるとも

 投稿者:  投稿日:2017年 4月23日(日)09時11分39秒
      うたげあたたか孤心なほ持ち     令

お捌き下さい。
 

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月23日(日)02時01分52秒
   槐さんはそういう方面のお仕事だったのですね。(このあたり、何も知らなくてもコミュニケーションができてしまうネットのやりとりってすごい…)
 最初に掲げる句とか歌とか詩とかに何も関係なく評文が「おトイレ」になり、しかも「お」が付いているという奇妙なものだったような気がするのですが、編集に携わった方がご存じないのであれば、私の記憶が混線しているのかも知れません。
 

おトイレ?

 投稿者:  投稿日:2017年 4月23日(日)01時50分54秒
  ゆかりさん

「おトイレ」って、そんなのありましたっけ。
わたし、実は最後の「折々のうた」の書籍版である『精選 折々のうた』(朝日新聞出版)の編集に携わったんですが、最後のほうはほとんどとることができなかったことだけは覚えています。
 

覆へるとも

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月23日(日)01時22分36秒
   槐さん、ありがとうございます。part-2のようにして論争が続いたのですね。悲しや、といえば、「折々のうた」の最後の方の新聞連載で意味不明な「おトイレ」がどうのこうのという記事がありませんでしたでしょうか。すごいショックを受けた記憶だけ残っていて内容は忘れています。
 さて、御句ですが一句目、二句目とも捨てがたいのですが、打越を考えると三句目を頂くことにします。

   覆へるとも花にうるほへ石のつら   大岡信
    ひかりをまとふ木々の囀り    ゆかり
   上海の地番に春の風抜けて      銀河
    摩天楼にて蟹を楽しむ       伸太
   踊るひとつぎつぎふえる月あかり    槐
    孫三たりとのメイル爽やか      令
ウ  校庭に朝顔からみつく木馬      媚庵
    たがひちがひに灯すランタン   れいこ
   森といふ夢の過剰を鎮めをり      り
    窓に記憶を残しさよなら       河
   山男マッキンリーから帰らざる     太
    凍てし月より石を拾はむ       槐
   最大の平面の夢受胎すと        令
    今朝のうたこそ生の賜物       庵
   付喪神つれて質屋の旗の下       こ
    泡立つてゐる発語本能        り
   掃除機に吸ひ込まれゆく花の闇     河
    いそぎんちやくのひと日は過ぎぬ   太
ナオ 春の野に燃やす記憶と現在と      槐
    新聞社にて訳す英文         令
   バンカラの一高生が辞書を食ふ     庵
    おおそれみよと揺れる桟橋      こ
   海鳥は下から上にまぶた閉ぢ      り
    雪の純白くぐる恍惚         河
   食卓に置かれ真珠のネックレス     太
    汝が泣くときの宝石のこゑ      槐
   重信と苑子に夜の訪問者        令
    浪漫渡世遠く秋立つ         庵
   ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ
    途絶えがちなる夜寒の電波      り
ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太
   あをいろの点描で描く友のかほ     槐

 令さん、早春で、挙句みたいじゃないのをお願いします。
 

サムのブルー

 投稿者:  投稿日:2017年 4月23日(日)00時43分8秒
  1956年(昭和31年)「短歌研究」の誌上で大岡さんと塚本邦雄が論争したことをきっかけに、続いて吉本隆明と岡井隆の論争になって、これらを企画したのが当時の「短歌研究」編集者の杉山正樹さんだったそうで、これがいわゆる〈前衛短歌論争〉ですね。
……ということを、最近、岡井さんが書かれていました。

きょうのEテレでは、若かりし頃の大岡さんも映っていて懐かしかったです。
でも、11年ほど前の放映だったようですが(この頃が、わたしが最後にお会いした頃です)、すでに目がうつろになっていらっしゃって、認知症がすすみつつあったことが明らかな感じでしたね。悲しや。

さて、番組を見て、サム・フランシスのブルーを入れたいと思いつつ、「壁画は」打越気味かなあとも思いつつ。

   途絶えがちなる夜寒の電波      り
ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太

くつきりと壁画にあをの残りたり
指に溶く青き絵の具の粘りたり
あをいろの点描で描く友のかほ  槐
 

ううむ

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月23日(日)00時29分49秒
   朝日文庫のにはサブタイトルとサブサブタイトルが載っていて、その二句はサブタイトルとしてはどちらも隠岐紀行(一七六句中一〇二句)昭和一六年三月の中にあるのですが、サブサブを見ると、「暗に湧き」は国賀の怒濤(三〇句中一六句)にあり、「隠岐やいま」は「後鳥羽院御火葬塚」(三三句中一二句)にあります。どうなんでしょう。後者などお稽古事に堕した今日の俳句の尺度で見るといわゆる「やかな」で、添削されちゃいますよね。  

思い入れの五句か?さあ・・

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 4月23日(日)00時03分36秒
  楸邨氏については、私の守備範囲外の事柄ですが、
「暗に湧き木の芽に終る怒濤光」と
「隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな」は、
ともに『雪後の天』収録されていますね。つくられた時がおなじなのかな?。
 

ということは

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)22時21分55秒
  その辺に転がっていた五句ではなく、楸邨のそれまでの全キャリアの中で大岡信が諳んじていた、思い入れのある五句なのでしょうね。  

あった

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)22時15分46秒
   銀河さん、ありがとうございます。
残る「水音や…」も手許の朝日文庫で発見できました。『山脈』(昭和三十年・書肆ユリイカ)ですね。書肆ユリイカ、句集も出していたのか…。
 

楸邨も、さすがに膨大に俳句を作っているんですね。まったく。

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 4月22日(土)22時01分56秒
  http://www5c.biglobe.ne.jp/n32e131/haiku/shyuson0916.html
でみつけましたが、「水音や」は不明。

「暗に湧き木の芽に終る怒濤光」  『雪後の天』
「蟹の視野いつさい氷る青ならむ」 『まぼろしの鹿』
「水音や更けてはたらく月の髪」    ?

      
 

覆へるとも

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)21時48分3秒
   伸太さん、一句目を頂きます。

   覆へるとも花にうるほへ石のつら   大岡信
    ひかりをまとふ木々の囀り    ゆかり
   上海の地番に春の風抜けて      銀河
    摩天楼にて蟹を楽しむ       伸太
   踊るひとつぎつぎふえる月あかり    槐
    孫三たりとのメイル爽やか      令
ウ  校庭に朝顔からみつく木馬      媚庵
    たがひちがひに灯すランタン   れいこ
   森といふ夢の過剰を鎮めをり      り
    窓に記憶を残しさよなら       河
   山男マッキンリーから帰らざる     太
    凍てし月より石を拾はむ       槐
   最大の平面の夢受胎すと        令
    今朝のうたこそ生の賜物       庵
   付喪神つれて質屋の旗の下       こ
    泡立つてゐる発語本能        り
   掃除機に吸ひ込まれゆく花の闇     河
    いそぎんちやくのひと日は過ぎぬ   太
ナオ 春の野に燃やす記憶と現在と      槐
    新聞社にて訳す英文         令
   バンカラの一高生が辞書を食ふ     庵
    おおそれみよと揺れる桟橋      こ
   海鳥は下から上にまぶた閉ぢ      り
    雪の純白くぐる恍惚         河
   食卓に置かれ真珠のネックレス     太
    汝が泣くときの宝石のこゑ      槐
   重信と苑子に夜の訪問者        令
    浪漫渡世遠く秋立つ         庵
   ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ
    途絶えがちなる夜寒の電波      り
ナウ お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河
    アンモナイトの生れて大陸      太

 槐さん、雑でお願いします。
 

覆へるとも

 投稿者:伸太  投稿日:2017年 4月22日(土)21時33分22秒
        ファザーネン通りをおほき月のぼる   こ
    途絶えがちなる夜寒の電波      り
      お辞儀して太古の汗を拭かずゐる    河

       アンモナイトの生れて大陸       太
       コンコースから振りしハンカチ

お捌き願います。

いやはや、本歌取りの由来とその考察、時折の閑話休題、
連衆(会衆)の方々の興味深い添文などバラエティーに富んでいて、本当に面白いです。
レベルが高過ぎて、咀嚼するのに時間が掛かって難儀してます。
 

楸邨

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)21時01分17秒
編集済
  > どうですか?ゲンクと同等の風格か、より良くなければこれは、効果ありませんね。

 引用した谷川俊太郎との対談『批評の生理』に見られるように、原句を読んだ段階で、自分とはぜんぜん違うことに改めてびっくりしました。そういう読みのエネルギーによって、楸邨の句は大岡信の詩の中に取り込まれているのですね。

 ところで五句のうち二句は『砂漠の鶴』の中に発見しましたが、朝日文庫のその部分は九六八句中三四三句の抄出なので、他の三句の素性が分かりません。ご存じの方は教えて下さい。今のところ素性が分からないのは、「暗に湧き木の芽に終る怒濤光」「蟹の視野いつさい氷る青ならむ」「水音や更けてはたらく月の髪」の三句です。

 銀河さん、お大事にどうぞ。
 

訂正しました。

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 4月22日(土)20時31分12秒
  書き込んで大急ぎで外出。帰宅したら、沢山事例が挙げられていました。
加藤郁乎は、加藤楸邨のこと。字面の見間違いと思い込みです。この頃、急に視力が弱って、めは、うっかりみすだったのが、近頃は文字自体が見えにくいという、情けない状態なので、ちょっと危機感を持っています。三句目をさいようしてくださって、どうもありがとう。これが一番気に入っていました。

ゆかりさん、大岡信のマルごと引用。どうですか?ゲンクと同等の風格か、より良くなければこれは、効果ありませんね。
 

和唱達谷先生五句

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)18時46分42秒
   せっかくなので、「和唱達谷先生五句」をフルで紹介します。原句の傍丸は行の終わりに一字おいて○とします。
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和唱達谷先生五句

暗に湧き木の芽に終る怒濤光 ○
鳥は季節風の腕木を踏み渡り
ものいはぬ瞳は海をくぐつて近づく
それは水晶の腰を緊めにゆく一片の詩
人の思ひに湧いて光の爆発に終る青

 *

つひに自然の解説者には
堕ちなかつた誇りもて
自然に挨拶しつつある男あり
ふぐり垂れ臀光らしめ夏野打つ ○
受胎といふは 機構か 波か

 *

蟹の視野いつさい氷る青ならむ ○
しかし発生しつづける色の酸素
匂ふ小動物にはつぎつぎに新しい名を与へよ
距離をふくんだ名前を
寒卵の輪でやはらかく緊めて

 *

水音や更けてはたらく月の髪 ○
地下を感じる骨をもち
塩をつかんで台所にたつ
謎の物体が目の奥を歩み去るとき
好(す)キ心の車馬はほのかに溢れる

 *

石を打つ光の消えぬうちに
はてしないものに橋梁をかける
掌(て)から発するほかない旅の
流星に犯されてふくらむ路程
喇嘛僧と隣りて眠るゴビの露 ○

* 達谷先生--達谷山房主 加藤楸邨氏
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 『批評の生理』によれば、

加藤楸邨さんの雑誌『寒雷』の記念号に載せたもので、楸邨さんの句が自然に僕の詩に入って、しかも僕の詩は加藤楸邨の詩の解釈であり延長でもあるといったものをつくってみたい、いわば楸邨の句に対する唱和としてのオマージュ(頌詞)をつくってみたいということで、五つの句を使った五つの詩ができたわけです。

とのこと。この対談の中で大岡信の読みは、俳句の立場からはもはや尋常でないところがあります。この対談は1978年だから「折々のうた」以前ですよね。

「水音や更けてはたらく月の髪」という句は、句そのものが象徴的な色合を持っている。秋の夜更けに月が煌々と照っていて、台所で水音がポトリポトリとしている。そういう秋の夜更けに月が突如として髪の毛を生やして、その髪が家のなかに座っている楸邨さん自身にまで伸びてくるというイメージだと思うんだ。秋の夜更けの妖気がただようような瞬間の感覚を捉えようとした句だというふうに僕はとっている。それで、「地下を感じる骨」というようなイメージが、僕のなかでそれに応えて出ているわけ。(中略)しかしこの僕の読みは間違っていて、ほんとはもっと単純率直な句なのかもしれない。僕に限らず、現代詩人というのは、俳句をときどき深読みしすぎることがあるからね。或る語に感心して読んでいると、それが単なる季語であったりしてね。だけど俳句をやっている人に言わせると、言葉そのものからそういう別の解釈をしていって、その解釈が面白ければそれも俳句としての働きだと言うべきである、と。異端的な意見かもしれないけれども、そういうことを言う人もこのごろはいるわけです。

 

すみません

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)17時14分49秒
  ややこしなことになってしまいましたが、三句目を頂きます。伸太さん、雑か夏でお願いします。  

わかりました、

 投稿者:銀河  投稿日:2017年 4月22日(土)16時25分44秒
  とすれば、どうすれば、いいのですか?今回の付け句。ご教示ください。  

楸邨

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)15時53分10秒
  ちなみに手許にある朝日文庫の楸邨集をあたると、「ふぐり垂れ臀ひからしめ夏野打つ」は『砂漠の鶴』の中、「北京炎暑」の中の句ですね。昭和十九年の作品です。  

ちょっと違います

 投稿者:ゆかり  投稿日:2017年 4月22日(土)15時31分26秒
   ごめんなさい、銀河さん、発語本能は初折十句目にねじ込んじゃいました。
ちょっと連句の進行ではないところでコメントします。「ふぐり垂れ臀光らしめ夏野打つ」は郁乎ではなくて楸邨です。『悲歌と祝祷』(1976年ね)の中に「和唱達谷先生五句」とあるうちの部分ですね。最後に註があり、達谷先生--達谷山房主 加藤楸邨氏、とあります。
 

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